万木城(第七回)

いすみ市の中心の小高い山に現在は展望様式になっている万木城跡


いすみ市の夷隅川近くに約60メートルの丘陵にあるのが万木(万喜)城跡です。城址公園になっており碑(昭和2年に城山公園として寄付した人の記録)と説明の案内文が建てられている。案内板は昭和49年にいすみ市教育委員会が建てている。

 

=経緯=

この城は中世(16世紀中頃の城郭で急斜面を三方になっている台地と夷隅川の曲流に囲まれいわば外堀の役目を果たしており、守るには最適の地に建てられている。

この城は不明な点が多く土岐一族が収めていたが三代、五代、九代の諸説があるが土岐瀬春の頃、天正末年には小田原北条氏に属し、小田原落城により、北条氏と運命を共にしている。

万木城は「万木の五城」と呼ばれ支城(高野城・矢竹城・鶴ヶ城・亀ヶ城・一坂城)がありそれぞれ土岐氏の重臣が守っていた。




現在展望台が設置されているU郭高台の下の平場は、繰り返し造成が行われたことが明らかになりました。また、幅10m以上の大規模な堀が見つかっています。 城の中心であるT郭からは建物の柱穴や礎石のほか、カワラケや大量の炭化米が出土しました。

[財団法人 千葉県教育振興財団「これまでの主な成果、いすみ市・万木城から]


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